10点満点で、9点。
400戦無敗の男、ヒクソン・グレイシー。
一般的にはあまり知名度がないだろうから、どういう人物かと書いておくと。
1993年、アメリカでUFC(Ultimate Fighting Championship)が開催された。噛みつきと目つぶし以外に反則なし、時間無制限でオクタゴン(8角形のフェンスで囲まれたリング)の中で戦い、誰が一番強いかを決めるイベント。プロレスラー、空手家、元力士などが参加する中、無傷で優勝を飾ったのは小柄な柔術家、ホイス・グレイシーだった。ホイスは翌年のUFCでも優勝。そして語った言葉「兄のヒクソンは、私の10倍強い」
ヒクソンは、1994年(だったかな)からは日本でも戦っている。佐山聡(初代タイガーマスク、当時は修斗主催)の招待に応じて、VALE TUDO JAPAN に参戦。こちらはラウンド制、プロレス風リングという違いはあるものの、圧勝を飾る。翌年のVALE TUDO JAPANにも参戦、山本宜久にロープを掴むという手段を執られて苦戦するものの、木村浩一郎、中井裕樹と下し、連覇。
その後UWFインターナショナルのトップだった高田延彦とPRIDE.1で対戦、圧勝。前田日明が対戦に向けて交渉中と明かすも、翌年高田と再戦、全く同じ勝ち方で圧勝。2000年にはパンクラスの船木誠勝とコロシアム2000で対戦、チョークスリーパーで締め落として勝利。その後試合はしていない。
400戦無敗というキャッチコピーは佐山が付けたらしいが、「ストリートファイトを含めてそれくらいやった」という話を膨らませたらしい。どういうわけか本書では460戦無敗となっているが、どこでそんなに試合を重ねたのかはわからない。しかし、公式に確認できる、「ヒクソンに勝った」という男がいないのも事実。実際はバーリ・トゥード(「何でもあり」という意味)以外の試合ではいくらか負けがあるらしいし、本人も別段隠しているわけではないらしいが、誰がヒクソンに勝ったのかはよくわからない。
さて、本書。
個人的には、ヒクソンという格闘家(人物)は大嫌いだった。確かに出場した試合には全て勝っているが、何せ出ない。高田がファイトマネーをつり上げたせいらしいが、VALE TUDO JAPANのワンデイトーナメント以外は、わずか3戦しかやっていない。そのくせ、「負ける可能性がある相手はいない」とか、「私は誰とでも戦う」とか、期待を抱かせる発言多数。戦うとなればルールでゴネて、「オマエ普段言ってることと違うじゃないか」とずっと思っていた。
しかし、本書を読んで、少し考え直した。ヒクソンという人物は、やはり本物なのかも知れない。
本書は格闘技に関する話題の本かと思っていたが、違う。哲学書だ。
本書の見出しから、気になるところをいくらか列挙する。
・教育とは、何かに打ち込める人を育てること
・見えているものが真実とは限らない
・人生に「幸運」はない、あるのは「戦略」だけ
・何か欲しいものがあるなら、必要な犠牲を払う
・勝つために負けを受け入れる
・明日なんて来ないつもりで生きる
・自分を何より大切にする”現代版サムライ”
・「何も持たない」という幸せ
・トラブルの元は大きくなる前に摘んでおく
・現実と向き合わない人間にチャンスはない
・自分の人生を変えられるのは自分だけ
・「もう充分」と満足すればそこで終わり
・イメージして、宣言して、実行する
見出しで人をあおることなく、本文の内容は確かにこういったものだ。
「悪童」ハイアン、「ハイアンなんてかわいいもんだった」と言われるヘンゾ、タップした相手を締め落とすホイス、落ちた山本を蹴り剥がしたヒクソン、「ノールールがいい」と言いながら毎回ゴネる陣営・・・正直なところ、グレイシー柔術に対するイメージは「強いが、少なくとも人間教育はできない技術」というものだった。
しかし、本当は違うのかも知れない。あるいは、ヒクソンのレベルにまで到達したからこそ、本書のような考え方を持つに至ったのか。
グレイシー柔術に対するイメージが、かなり変わった。
ちなみに、ヒクソンの実績を否定するわけではないが、ヒクソンと戦った男たちについて。本当のトップクラスはいなかったことについて書き加えておく。
山本宜久は、当時リングスで売り出し中の若手。その後エースに上り詰めるが、リングス5周年記念大会(だったっけ?)でヒカルド・モラエスに46秒でノックアウトされてから、鳴かず飛ばず。
高田延彦は、新日本プロレスで武藤敬司に足四の字固めでギブアップ負けを喫し、価値が暴落していた(後にシナリオがあったことを明らかにしている)ヒクソンに負けたあと、猪木に「よりによって一番弱い奴が出て行ってしまった」と言われていたが、少なくないファンがそう感じていたと思う。
船木誠勝は、既にパンクラスのエースを近藤有己に奪われていたし、直前にはエベンゼール・フォンテス・ブラガに血だるまにされている。
その他、西良典、木村浩一郎も、別にどこかのエースでもプロですばらしい戦績を残している選手でもない。
一般的には、最もヒクソンに勝てる可能性があったのは船木と言われているが、俺は中井裕樹だと思っている。
噛みつき、目つぶし、金的、肘打ち、頭突きくらいしか反則がないルールで、ジェラルド・ゴルドーに反則の目つぶしを受けて片目を失明しながらも勝ち上がってきた中井が、ヒクソンと戦った中では一番強かったと思う。中井に、万全の状態でヒクソンと戦わせてやりたかった。
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