10点満点で、7点。
1976年は、猪木が異種格闘技路線に舵を切った年。この歳、柔道の金メダリストウィリアム・ルスカ、ボクシング世界王者モハメド・アリ、韓国のプロレスラーパク・ソンナン、そしてパキスタンの英雄アクラム・ペールワンとの4つを戦っている。いずれも有名ではあるがリアルタイムでは知らない試合。アリとの試合だけはビデオを見たことがあるけど。
日本プロレスを飛び出したものの、馬場とは格が違いすぎた上に外国人レスラー招聘ルートを抑えられて、異種格闘技路線に活路を求めた背景から、対戦相手それぞれの背景、そしてこれらの結果プロレス界と格闘技の接点がどうなっていったか、丁寧に追っている。特に、対戦相手の深掘りが興味深い。
ルスカ。ヘーシンクと並ぶオランダの英雄かと思っていたが、実はそれほど人気がなくカネに困っていたとか。ジョン・ブルミン(本書ではブルーミングと表記)はヘーシンクと並ぶ実力差でありながら、団体の対立でオリンピックに出れなかったとか。ジョン・ブルミンは極真の猛者という知識しかなかったのだが、彼はむしろ日本武道家なのね。遠い昔に読んだ「空手バカ一代」のせいで、極真空手に惚れ込んだ青年という印象だったのに、実は先に柔道を始めていたとか。まあ「空手バカ一代」は事実のふりをしたフィクションなので、ブルース・リーが極真門下生だったとか、信じると恥をかく話がたくさん書いてあるのでこれに限った話ではないのだけれど。
ルスカ戦がプロレス(結末の決まった試合)だとは知っていたが、金メダリストをプロレスのリングに上げたのだから、相当な交渉があったのだと思っていたら違ったとか。プロレスはフェイクだと最初から知っていて、わかった上で参戦してきただけ。むしろ、アリにしてもそうだが、日本以外ではプロレスはフィックストマッチだというのは当然のように受け入れられていて、格闘技と同じ土俵で語ろうとする人がそもそもいなかったとか、まあ当然なのだろうがプロレス好きとしてはちょっと悲しい筆致で書かれていたり。
アリがプロレスを熟知していて、プロレス流の盛り上げ方をしていた、というのも面白い。そして猪木の挑戦を受けたときも最初からプロレスだと思っていて、フィックストマッチのつもりでいて面食らったとか。しかしそこからアリ戦を深掘りしていて、巷間信じられているアリサイドのルールゴリ押しも、新間がでっち上げた話としている。本書の主張を裏付ける情報は他に知らないので、どこまで真実かはわからないが、あまりに評価が悪いので猪木を守るためにでっち上げたとか。猪木は打撃もタックルも投技も関節技も禁止されていなかったが、タックルの技術を持たないのでアリのパンチをかいくぐって組み付くすべがなかった。結果、あのスライディングキックは、猪木にできる唯一の選択肢で、ルールなど関係なかったのだ。しかも猪木は、お互いがフェアだと合意して禁止した、足先での蹴りや肘打ちなどの反則までしている。
アリ戦のあとの、韓国で行われたパク・ソンナンとの試合もヒドい。一勝一敗のプロレスをする予定で乗り込んで、当日になってブックを拒否してリアルファイトを強要したとか。しかも、純粋なプロレスラーでリアルファイトの技術を持たないパク・ソンナンに脊髄攻撃や目突きまで入れて戦意喪失に追い込み、翌日の試合ではブックどおりの勝ちを要求するとか。
そしてパキスタンでは、逆にプロレスとして呼ばれたのにリアルファイトを持ちかけられ、狼狽しながらも受けて立っている。今までやってきたことをやり返されたわけだが、ここでもやはり目突きを仕掛け、そして腕を折って返り討ちにしているのは流石というべきか。
しかし絶頂を迎えたはずの猪木は衰え、タイガーマスクに人気を奪われ、ビジネスで新日本プロレスの会社を湯水のように浪費し、四方八方に不義理を重ねて新日本プロレスを崩壊させてしまう。
プロレスこそ最強を名乗り、格闘技路線を突き進んだUWFは分裂し、しかもリアルファイトでは勝てなかった。唯一勝ちを重ね、グレイシーハンターとして名を挙げプロレスファンの溜飲を下げた桜庭は、レスリングの技術で戦っておりカール・ゴッチ由来の新日本プロレスあるいはUWFの技術で勝ったのではない、とまで書かれている。
日本プロレス史における、ある意味力道山以上の重要人物であり、そしてプロレス衰退最大の戦犯とも言える猪木。
そのキャリアで異彩を放つ、たった3戦のリアルファイトについて深く掘り下げられた本書は、実に読み応えがあった。
調べてみたら、本書では拒否されたとしている猪木へのインタビューが、大幅加筆された新装版では収録されているらしい。そちらを読めばよかった。
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