2010年2月7日日曜日

015 / 295 翔ぶが如く 十

維新三傑。木戸が病に倒れ、西郷が城山で死に、大久保が斬られた。
そして、日本の夜明けが終わり、近代明治へと突入していく。

読み終えて、この作品では「司馬史観」なるものを初めて実感した気がする。西郷は明治維新でその才能を使い切ってしまっており、そのあとは考えることをやめてしまった。最善を尽くそうとする野村忍介らを遠ざけ、辺見十郎太や別府晋介らとともに死地に向かっていく。

「学問があれば余人の及ばぬ英雄」と評された桐野は、個人の武勇で戦う匹夫であり、将の器ではなかった。

人を見る目がなかったと言えばそれまでだが、明治維新の西郷とはまるで別人としか思えない。征韓論に固執したときから既に、戦略眼を失っていたのだろう。戦略もなく、展望もなく、ただ士卒を死なせ、そして城山で死んだ。西郷を担ぎ上げた士族は良かろうが、強制的に挑発されて骸となった侍たちこそいい面の皮だろう。

「西郷は担ぎ上げられた被害者」という評価が多いのは知っているが、西郷には自分のために命を落とす者たちを減らす義務があった。長州出身の俺は、元々西郷はあまり好きではなかったのだが、本書を読了してはっきりと「嫌い」になった。

小説とは言え、司馬作品の躍動感があまりなく、歴史書のような構成で、読みづらい作品だった。
西南戦争が勃発してからは読みやすかったが、司馬遼太郎ファンでも評価の分かれる作品ではないかな。



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