2017年10月10日火曜日

006 / 439 プロレスが死んだ日。

10点満点で、7点。

プロレスが好きだった。最強に最も近い格闘技だと思っていた。
もちろん、ロープに振った相手が戻ってくるとか、関節技が決まっても自分から離すとか、そういう胡散臭さはわかった上で。漫画「1・2の三四郎」に登場する名台詞、「プロレスにディフェンスはねえんだ」のとおり、また猪木の「相手の10の力を引き出して、12の力で勝つ」ために、相手の技を受けきって見せて、それでも俺のほうが強いのだとアピールする、そんなことができる格闘技なんて最強に決まっているだろう、と思っていた。

(どうでもいいけど、「1・2の三四郎」は至高のプロレス漫画だと思う。トレーニングのシーンなど、プロレスに対するリスペクトにあふれている)

とはいえ熱心なプロレスファンというわけではなく、少年時代にタイガーマスクに憧れ、タイガーマスクがテレビから消えてからはプロレスを見なくなっていた。学生時代、偶然テレビでやっていたUインターの高田対ベイダーを見て、「こんなプロレスもあるのか」と驚いていたら、プロレス好きの友人が「アレはU系と言って、他にも団体があるんだ」とリングスを教えてくれた。WOWOWの放送を録画したビデオを借りて虜になり、これこそ本物だ、最強の格闘技が何かはわからないが、最強の男はリングスで決まるだろう、と本気で思っていた。

就職して首都圏に出てきて、リングスの会場にも足を運べるようになって満喫していたときに発生した、1997年10月11日の大事件。ヒクソン・グレイシー対高田延彦について、その舞台裏を知っていた著者が書き下ろした本。「いまだから明かせる真実」とあるが、たしかに当時は書けなかっただろうことが書いてある。プロレスはフェイクである、という一点だけだが。

1993年のUFCで彗星のごとくホイスが登場して、格闘技界がその話題で持ちきりだったことはかすかに知っている。テレビ番組(確か「世界まる見え」だったはず)でダイジェストが放送されて、ゴルドーが相手を容赦なく血だるまにするシーンと、体格で遥かに劣るホイスがゴルドーを完封するシーンが出ていた。そこで初めて「グレイシー柔術」なるものを知ったので、その後「コータローまかり通る」でグレイシー柔術が登場した時、「知っとるがな」と思った記憶があるが、まあどうでもいい。

俺がリングスを知ったときは、既にVTJ94で山本がヒクソンに負けたあと。だが当時山本はまだ期待の若手という域を出ていなかったし(最後まで出られなかった気もする)、少なくともリングスのトップではなかったから、ヒクソンがどれだけ強いのかは未知数だった。でも高田は、U系の一方の雄、Uインターのエース。まあ当時既に、新日本のリングで武藤に足四の字で破れ、ファンの罵声を一身に浴びて、インターが解散しキングダムになっていた頃だけど。

それでも、高田があっさり負けるとは思っていなかった。高田は強いと思っていた。入場時点ですでにヒクソンに飲まれていた男は、プロレスの誇りをかけて折れてもタップしないかと思ったら、腕ひしぎが決まったと同時にタップした。

本書を読むと、この結果は必然であったろうという結論になってしまう。フェイクの世界に生きてきた高田と、リアルの世界で生きてきたヒクソンの違い。初戦は高田のコンディション、精神状態が明らかに悪かったが、2戦目でも同じ形であっさり負けてしまったことから、両者には埋めがたい差があったのだろうことは容易に想像できる。

本書はヒクソンが取ってきた言動について、エピソードと言うには少し詳しく語っている。気高い精神性を持っていて、日本人に通じるところがあると思う。もちろん、日本人の感覚からは、それは違うんじゃないかと思うところもあるが、それは文化の違いだろう。

ヒクソンが当時よく言っていた「私はプロモーターが決めた相手となら誰でも闘う」という発言。逃げているだけじゃないかと思っていた。「前田でも誰でもいい、プロモーターが決めた相手と闘う」と言うなら、プロモーターに「前田と闘いたい」と言えば決まりじゃないか。そう思っていた。
しかしヒクソンは、この時既に挑戦を「受ける」側にいたので、自分から闘いたいと思う相手はいなかったのだろう。VTJを2連覇し、東京ドームという大舞台で(少なからぬプロレスファンから)最強の一角と目されていた高田を一蹴することで、実力を示すことも出来たし知名度を上げることも出来た。こうなってしまったら、ヒクソンの目から見て「強い」と感じない相手と闘う必然性は、なくなってしまっていたのだろう。

具体的な金額や詳細は書かれていないが、PRIDEがヒクソンと高田を戦わせるために、破格のファイトマネーを支払ってしまったことも書いてある。ビッグマッチを実現するためだったのだろうが、これにより事実上、知名度と潤沢な資金を持たない選手、団体はヒクソンと戦えなくなってしまった。ワンデイトーナメントにも出ていたヒクソンが、高田のあとは船木としか戦っていない(船木は東京ドームでメインイベントを張れる知名度だ)ことが残念で仕方ない。相手は日本人でなくとも、世界のトップ選手と戦っているところを見たかった。ヒクソン対ハンとか、妄想するだけで何時間でも経ってしまう。


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