【ストーリー】
「会いに行きます」
彼に言わせてはいけない言葉だった もらってはいけない言葉だった
だけどもそれは 私にとってこれ以上ない言葉だった
涙をこらえ、意を決してなにか言いかける聡子だが、電話から聞こえてきた調子はずれのチャイムでタイミングを失ってしまう。落ち着きを取り戻し、真修の身長を聞く。166, 7と聞いて、もうすぐ抜かれそう、と聡子。
真修の成長を実感し、真修の2年を無視し続けて、何も言わなかった自分を反省する。
思い直して、仙台には来ちゃだめ、と告げる。真修と会ったり話をするのは楽しいけど、これは慎重にならなくてはいけないこと。今までサッカーの練習をしたり、試合会場まで送り迎えしたことは、「大人が未成年をかどわかした」と言えることなのだ、と告げる。
「それダメなことなんですか」と真修。他の人から見たら変かもしれないが、俺と聡子さんは普通だ、と言い切る。
だから仙台に行く、と言う真修を聡子は止める。行くと困るか、と聞く真修に、困らないけど困ることにはなるかも、と聡子。言葉を失った真修に、私が会いに行くから、と言う。ちょうど仕事で本社に呼ばれていて、そのときに話そうと告げる。
電話を切ったあと、やってしまったかも、と悩む聡子。あのままだと本当に仙台に来そうだったし、だいたい往復でいくらかかるかわかってるのだろうか、わかってるんだろうなあ、と思う。2年間頭の中にいた真修は小学生のままだったが、年齢とか環境とか思考とか、見た目以外も変わっていることを思う。真修にあったら全部説明しよう、仙台に行くまでに起きたこと、父親のこと、正直にでも傷つけないように話して、それからさよならしよう、と決意する。
東京に出てきて、移転した本社に戸惑う聡子。セキュリティのしっかりしたビルで、受付で渡されたカードキーがないとエレベータすら操作できない。
32階に上がると、椎川から声をかけられる。窓から外を眺めて、懐かしいと感じるかと思っていたが、そうでもないんだな、と思う。椎川の印象も変わっている。お土産を渡す時、左手から指輪が消えていることに気づく。
椎川が話し始めるのを遮って、新プロジェクトの参加を断る聡子。そもそもなぜ仙台の自分が、本社の人のほうが適任ではないか、と言う聡子に、椎川は部署にこだわらず適任と思しき人に声をかけているのだと答える。取引企業とのコネクションを考えると聡子が適任だし、仙台に行ったあと穴を埋めるのにも苦労した、と言う。そして、早見の会社とはうまくやれている、もう2年もたったからいいだろう、帰ってこいと言う。
そこに、遅れてきた田中が来る。聡子が知っているどの田中でもなかった。時刻は16:05。
17:50、真修は指定の店に着く。メニューを見て値段に驚き、最安値のコーラを注文。
18:21、田中はまるで関係ない話が止まらない。18時には切り上げたいと言っていたのに終わらないし、椎川もどこかに行ってしまった。約束の時間を20分も過ぎて焦る聡子。休憩を入れてもらい、エレベータに飛び乗る聡子。しかしカードキーを忘れ、1階に降りることができない。他の人に同乗して10回まで降りたところで真修に電話。風の音が強くよく聞き取れないが、真修は店を出て待っているらしい。今日は寒いから温かいところに、と言いつつ歩いていると、非常階段を見つけて、すぐ行くから!と聡子。
階段なんて楽勝だったはずなのに、駆け下りて息が上がる聡子。真修に会って話をしようと思っていたことが、どんどん頭から消えていく。なんとか地上まで降りたものの、疲れ切ってへたり込む聡子を見つけ、真修が手を差し伸べる。プールで過ごした時を思い出す聡子。真修の手は冷え切っている。なんでこんなになるまで外にいたの、なんでそういうとこ全然変わらないの、なんで今も手をひいてくれるの、と思ったら無意識に、わたし東京戻ってくるからまた会えるよ、と言ってしまう。だから、と言いかけるが、その先はわからない。冷たい風が吹いて震えたところに、真修は仙台でもらったマフラーを返す。そして笑顔で「おかえりなさい」とかけた言葉に「うん、ただいま」と返す聡子。
言ってはいけない言葉だった、あげてはいけない言葉だった、だけどそれは窒息しそうな心臓の中に一つだけあった、これしかない言葉だった。
打ち合わせの席に戻った聡子は、企画の話を詳しく聞かせてほしい、と切り出す。
【感想・考察】
俺が初めて読んだ話。予備知識皆無でヤンマガで読んだときは、雑誌掲載の「30歳のOLと12歳の少年が出会う」「年齢や立場の差を超え心を通わせる」「だが真修との交流が問題となり、聡子は東京を離れる」という概要説明から、「大人と子供の恋愛モノかよ、大人が手を出したのが問題になって飛ばされたのに、またよりを戻すとかいう話になってるのか、キモっ!」という印象。実際、最後に「また会えるよ」という発言もあるし、何このキモい世界・・・と思っていた。
それがまあ、1話からちゃんと読んでいくと、変わるもんだなあ。我ながらどうかしてるレベルで評価を変えている。まあ、正しく評価できるようになった、と思うことにしよう。
ヤンマガに移籍したことで、単行本のあとがきで何度も言及されていたH澤チェックがなくなったようで、作画がちょっと荒い気がする。荒いと言うか、18話までのクオリティが異常だった気がしないでもないけれど、でも何となく落ちる。
最初、チャイムに邪魔されなかったら、聡子は何を言うつもりだったのだろうか。意を決した目からは、別れを告げようとしていた感じがする。それを押し留めたチャイムGJ。
真修の身長を確認することで、真修の成長を感じ、子供ではなく一人の人物として対応しようと考え直したのだろう。
聡子が「大人が未成年をかどわかした」と言う時回想しているのは、第4話で回転寿司のあと真修に初めて「聡子さん」と呼びかけられたシーン。聡子から声をかけたわけではない場面が出てくるというのは、この瞬間から聡子の心が真修に奪われた、ということなのだろうか。そうでなければ、聡子が真修に声を掛ける、あるいは真修を連れ出すシーンじゃないとおかしい。まさか被害意識を持っているわけでもないだろうし。
真修の「かどわかすという意味がわからない」というのは、まさか言葉通りの内容ではないだろう。塾では特進コースにいるし、本も読んでいるから言葉を知らないわけでもないだろう。「普通の人間関係なのに、かどわかすと言われる理由がわからない」ということか。いやでもそこはわかれよ。もちろん、そう言われる筋合いはないと思うだろうし、それはそれでいいのだけれど、他人からは表面しか見えないのだし。
他の人から見たら変かもしれないけど、「俺とかから見たら普通」という、「俺とか」が気になった。「俺から」じゃないのは、聡子から見てもそうだろうと暗に言っているのか、それともただの若者言葉なのか。聡子さんも普通だと思うでしょ、という意味が込められているのではないかなあ。
聡子の「困らないけど、困ることにはなるかも」というのはどういう意味だろうか。感情的には困らない、しかし社会的には困る、ということか。
電話を切ったあとの、聡子の悲壮な決意が悲しい。心から真修のためを思って、自分がどう思っても、真修のために別れようと考えたのだろう。
久しぶりに登場した椎川は、聡子のことを終始「多和田」と呼んでいる。椎川なりに感情を整理したのだろうか。指輪がなくなっていることといい、聡子に向けた視線といい、聡子の年齢相応のパートナー候補として再度役割を与えられるという描写なのだろうけど、オマエも菜緒同様モブ扱いでいい。社会的存在として聡子と真修の関係が危ういものであることを知らしめる存在であってもいいけれど、人間関係には立ち入ってくるな。
そして椎川は、やはり会社にとって重要人物なのか。聡子を仙台に出したのも、役員から直接連絡があったようなことを言っている。もちろん上長経由で相談があった可能性のほうが高いが、仙台に出すときも、東京に呼び戻すときも、人事としては椎川以外の人物が登場していないから、相当なキーパーソンであることがわかる。ただの主任にこれだけの影響力は普通ないだろう。
聡子が真修と合う場所として指定した店は、本社の近くでたまたま見かけたところなのだろうか。コーヒー1杯1,300円とか、中学生を呼ぶ店じゃないし。最後の大切な話だから、あまり人がいないようなちゃんとした店を選んだのかもしれないけど。どっちだろう。
階段を駆け下りるだけで息が上がる聡子は、第1話の描写とは逆に、仙台で運動する習慣がなくなってしまったことを表している。もちろん男性用の靴とは歩きやすさが違うのだろうが、階段を降りるだけなら、10階だって酸素全部吐き出すほど大変ではないはず。自他ともに認める運動不足の俺が思うのだから、少なくとも2年前まで体を動かしていた聡子がそこまで疲れるというのは、尋常ならざるスピードで駆け下りたのだろう。
ようやく地上についた聡子を迎えた真修は、聡子の記憶にある、優しい真修のまま。聡子の心を埋めてくれた、たくさんのものをくれた、真修の変わらない姿を見て、聡子が必死になって守ってきた殻が全部破れてしまった。
思わず「また会えるよ」と言ってしまったが、だからの先はわからない、というのは、自分でもどういう形で真修と接していくべきかわからないのだろう。考えてこなかったわけだし。しかし、「おかえりなさい」と声をかけられて、自然な笑顔で「ただいま」と返事をしたのは、何かが吹っ切れたのだろう。
そして最後にどうでもいいが、聡子はどうやって32階まで戻ったのだろうか。まさか階段を再び登ったとか・・・
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